2011年11月5日土曜日

B8. 番外編 : インド・韓国・日本 その1


インド滞在中に何人かの韓国人の知合いができた 。 正直言うと、それまで韓国について新聞で読む以上の興味がなかった。 ただ、インドでは韓国製品が浸透していて、特に家電製品のLG、携帯電話のサムソン、車のヒュンダイはインド人からの信頼も厚いようで、薄型テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコンなど、インド人家庭の全ての電化製品がLG製と言ってよい位だ。

最初は超低価格製品からスタートしたが、今は低価格から高級品まで品揃えが整っている。 LGにしてもヒュンダイにしても新製品のサイクルが驚くほど早いというのか激しい。 それに対して日本製の評判が良くないのは、「日本で型落ちの古い製品をインドに回している」と思われている事だ。

ヒュンダイは南インドのチェンナイにインド国内及びアジア向けの巨大な生産拠点工場を作り、100万台の輸出実績を作り、インド最大の車輸出メーカーに成長している。 ヒュンダイというと、以前は冷蔵庫にタイヤがついているような印象だったが、今は完全に日本車を凌駕していると言って良いかもしれない。最近は特にデザイン面で本当にカッコイイ。 新型i40ワゴンのYoutubeでのレポート映像を見て欲しい。 1700ccで車格的にはゴルフやカローラ・フィルダーに該当するが、リヤウィンドーへの流れの処理などはデザイン的な新しさを感じさせ、商品的な魅力では、ウォン安での価格競争力を考慮すると既にゴルフをも上回っているのではないかと個人的には思ってしまう出来だ。


日本人がインドへ赴任するのが嫌だ、インドは汚い、テロが危ないなどと引きこもっている間に、韓国人はなんの躊躇も無くどんどんインドに進出している。ビジネスだけで無くインドの大学にも沢山の学生が留学している。 インドで出会う日本人は、特にビジネス以外の人達は、どちらかというと(私も含めて)日本から逃避してきた感じ、別の表現ではインドへの愛着 (インド好き)が感じられるが、、インドにいる韓国人は大学生も含めて、基本ビジネスの観点でしかインドを見ていない、という感じがする。 インドが仏教発祥の地だとか、アジャンタの石窟寺院で涅槃の仏陀を見ても日本人ほど感動していないように思える。また、インド料理にも特段興味が無いように見える。

バブル以降、価値観が 多様化(停滞)してしまった日本と、日本のバブル絶頂期に似た雰囲気の韓国、インドではその差をより強く感ぜずにはいられない。しかし日本は経済的にはサチュレート(飽和点を通過)してしまったが、文化レベル?精神構造的?には、バブル崩壊のおかげで欧米並みに成熟したのかもしれない。

【今日の写真】
デリーで見かけたインドの女子高の修学旅行生達。 何故か彼女たちから記念写真を一緒に撮られサインを求められた。外国人が珍しかったのだろうか。。それともモテキ?

2011年11月4日金曜日

3.8 インド人の生き方 : 日本人がシンプル・ライフを実践できないワケ


インド人の御宅にお伺いすると、部屋が広い事もあるのだろうが、 片付いているシンプルな空間がどの御宅にもある。  インドにも、経済成長と 伴に物に溢れる生活が直ぐそこに来ているのかもしれないが、 明らかに日本ほど物に溢れている事がない。。。 インド人は普通にシンプルな生活をしているが、、日本人には何故難しいのだろうかと、日本に帰国して物にあふれる部屋を見てふと思った。

「こころ」で生きているインド人は、「アタマ」で生きている日本人に比べ、物への執着心が少ない。  インド人は「今ここに」に必要なものがあれば十分なのだ。  それに比べ「過去への執着」と「未来への不安」の強い日本人は、物が捨てられない、未来への不安から物を貯め込む。

かつて「シンプルライフ」という言葉が流行したが、  おそらく日本人では一度は片付いてシンプルな生活になるが、直ぐ元の木阿弥になってしまうのではないだろうか。  「アタマ」で考えて、いくらシンプルに生きようと思っても「過去」と「未来」を捨てて、インド人の様に「今ここに」だけ生きるライフスタイルにパラダイムシフトしない限りは無理なのだろう。

ところが日本に帰ってきて、本屋で「断捨離」という本を見つけた。 これは確かにシンプルライフの為の物理的な整理整頓術 では無く、本質的に「過去」と「未来」を捨てて、インド人の様に「今ここに」生きる生活への精神構造のパラダイムシフトを説いている。 「 断捨離」は、日本人が幸せになる為の具体的な手法だと思う。

【今日の写真】
北インドのハリドワルという町では何故かリキシャがコテコテにデコレーションされていた。 チョット怖いような、しかし近寄ってみるとカワイイ、デコ・リキシャに溢れていた。